「芸工大での日々は、すべてが学びだった」――そう語る五十嵐 英祐(いがらし?えいすけ)さんは、映像学科を卒業したのち、現在はGMO ENGINE 株式会社で映像プロデューサーとして活躍しています。これまでに、東映アニメーション株式会社や株式会社ヘラルボニーなど、さまざまな企業のCMを手がけてきました。今回は、そんな五十嵐さんに、お仕事の魅力や芸工大での亚洲城老虎机,亚洲城娱乐で得られた経験についてお話しいただきました。
? ? ?
大切なのは「顧客のために、良いものを届けること」
――映像プロデューサーは、監督ともまた違う役職ですよね。具体的には、どのようなことをするお仕事なのでしょうか?
五十嵐:映像プロデューサーの仕事は、いろいろな企業さんや自治体さんから「五十嵐さん、こんな映像を作ってくれませんか?」とご相談をいただくところから始まります。案件ごとに予算が決まっているので「この予算の範囲内で、お客様の要望に沿う映像を制作するには、どうすればいいのか」を考えるのが僕に求められている役割です。
僕が映像を撮るわけではなく、監督さんやカメラマン、照明さんなど、スタッフの力を借りて一つの作品を制作していきます。いろいろなスタッフとお付き合いがあるので、予算や映像の方向性と照らし合わせながら「今回はこの方がいいかな」と考えて依頼しています。

なので、この仕事をするうえで一番大事なのは「決められた予算の範囲内で良いものを作って、納期までにきちんと納品する」ということですね。僕は福島県出身なんですが、最近は「地元に貢献したい」という想いが強く、ありがたいことに福島県関係のお仕事もいただいています。
――このお仕事の魅力を教えてください。
五十嵐:最初の頃と、今とでそれぞれ魅力に感じている部分が違いますね。入社して3年目ぐらいまでの頃は、とにかく「自分が制作した映像が、テレビで流れている」ことが嬉しかったのを覚えています。
お正月に帰省して、祖母の家のリビングで家族みんなでテレビを見ていたとき、僕が東京で制作した、福島県のブランド米『福、笑い』のCMが流れたんですよ。
五十嵐さんがプロデューサーを務めた、福島県のお米「福、笑い」のCM「大切なひとを、笑顔にする贈りもの」(福島県公式チャンネル)
家族は、僕がどうかかわったものなのかあまりピンと来ていなかったようでしたが(笑)、僕は感激しました。「この仕事をやっててよかったなぁ」って。あのときの幸せな気持ちは忘れられないですね。

最近だと、自分がやりたい案件のご相談をどんどんいただけていることがありがたいです。それこそ福島県の案件もそうですし、僕が大好きな漫画?アニメ作品のCMを担当させていただくこともありました。
あとは、自分の仕事を通じて利益を出せることも、実は結構楽しいです。クリエイティブな仕事なのに、なんだかお金の話が多くて「この人、社会に染まってるな」と思われるかもしれませんが(笑)。でも、社会人歴が長くなって仕事の仕組みがわかるようになると、クリエイティブとビジネスの関係性を追うのも楽しくなってくるんですよ。 これも結局、好きなことを仕事にできているからこその体験かもしれませんね。
――お仕事での印象的なエピソードがあれば教えてください。
五十嵐:先ほど少しお話に出た、アニメ作品のCM制作は、特に印象に残っていますね。
実写の風景にアニメのキャラクターを入れ込んで制作するCMだったんですが、キャラクター達の服装について「この服装の素材を使ってほしい」というご要望があったんです。普通に考えたら、作品全体の中から限定的なシーンの素材をピックアップするってかなり時間がかかりますよね。でも僕は、ご要望を聞いてすぐに「ここの話の素材を使おう」と決めることができたんです。
それをお客様に伝えたら「五十嵐さん、もう決まったんですか!?どうやって調べたんですか?」と、驚愕されていました(笑)。
――その作品が大好きな五十嵐さんだからこそ、実現できたお仕事だったんですね。
五十嵐:そうですね。これは、そのときの制作だけでなく、ゆくゆくは今後の営業活動にもかかわってくる大事な仕事だったと思います。「五十嵐さんならこの作品詳しいよね」と思っていただけることで、「じゃあ、これも制作してくれるかな」と2回目、3回目のご相談をいただける可能性もありますし。 自分の得意分野や“売り”になる部分をアピールしていくのも、映像プロデューサーとして働くうえで大事なことなのかな、と改めて実感したエピソードです。

――ちなみに、芸工大在学中から、プロデューサーのお仕事に興味があったのでしょうか?
五十嵐:実はそんなこともなく、自分は監督になりたいとずっと思っていましたね。プロデューサー方面への興味が芽生えたのは、4年生になってから。それも卒業制作をやっていた時期で、かなりギリギリだったんです。
卒業制作は各々が作品制作をするので、自分の監督作品も進めながら、ほかの同級生の作品を手伝っていたんですね。あるときは助監督、あるときは制作(プロデューサー)みたいな。
そのときに「あれ? 自分が監督をやってるときよりも、楽しいかも……」ということに気づきました。「この人の作品はこのメンバーで進めてもらって、自分はあっちの現場に行こう」とか「今日はこのシーンを撮影したほうがいい」というように、全体を回す判断をするのが楽しかったんですよ。
実は「自分は、監督あまり向いてないかも」という自覚も、前々から少なからずあって……。それで、就活のときに映像プロデューサーの仕事を探して、現在に至ります。なので、卒業制作の現場を経験して本当によかったですよね。
公私ともに、今でも続く学生時代の縁
――受験の際、芸工大の映像学科を選んだ理由を教えてください。
五十嵐:元々、絵を描くことが好きで。高校生のときから漠然と「美大に行きたいな」とは思っていました。でも当時の僕は美大に詳しくなくて、美術の先生に進路について相談したら「美大っていってもいろいろあるし、同じ大学でも学科がたくさんあるから、調べてみるといいよ」とアドバイスをいただいたんですね。
それで調べたら映像やプロダクトデザインなど「こんなのも大学で勉強できるんだ」という学科がたくさんあって。僕は映画も好きだったので「じゃあ映像学科ってアリかもな」と思ったのがきっかけですね。
そして当初は、なんとなく東京の美大に憧れがあったのですが、オープンキャンパスに足を運んでみたら「芸工大、めちゃくちゃ良いな!」って思ったんです。東京の美大と比べてもダントツで良かったですね。キャンパスの雰囲気も、山に囲まれた景色も素敵で。……都会に比べると遊ぶ場所はあまりないですが(笑)、でもあの空気感が僕には刺さりましたね。今でも大好きです。

――芸工大で過ごした日々のなかで、印象に残っていることはありますか?
五十嵐:言ってしまえば全部“学び”だし、全部いい思い出ですよね。授業はもちろん、サークルもバイトも楽しかったし。そのなかでも制作には結構、身が入っていたほうなんじゃないかなと思います。3年生のときにはまだ監督になる気満々だったので、古着屋で衣裳を買いそろえて西部劇を撮ったりなんかしていました。
友達と遊ぶにしても、ただ遊んで終わりじゃなくて、何かしらの形で映像に結び付けていた気がします。海に遊びに行ったついでに映像を撮るようなこともありましたね。今にして思えば、逆にもっと大学生らしく遊んでいてもよかったんじゃないかな? という気もします。でも、周りが本当に良い人ばかりで、友達に恵まれていたと思います。
――今も続いている学生時代のご縁もあるのでしょうか?
五十嵐:それはもう、たくさんありますね。同じ映像業界や広告業界に行って仕事で付き合いのある仲間も、何人もいますし。
例えば、アパレルやアートを扱っている株式会社ヘラルボニーの、代表の松田崇弥くんとは仕事でもプライベートでも関わりがあります。彼とは学科は違ったのですが、共通の知り合いをきっかけに3年生のときに仲良くなって、それからずっとですね。
大学卒業後、彼がヘラルボニーの前身である『MUKU PROJECT』 を始めた当時、僕に相談してくれて。仲間内で、プロジェクト立ち上げの映像を制作しました。その後『MUKU PROJECT』がヘラルボニーになり、どんどん躍進してきてからも、アイテムや作家さんを紹介する映像を制作させてもらっています。
五十嵐さんがプロデューサーを務めた映像「赤池 僚也 Ryoya Akaike | 夢は今、色彩とともに咲き誇る」(HERALBONY)
――映像プロデューサーとしての、今後の展望を教えてください!
五十嵐:地元である福島県の仕事をもっと手がけたいですね。僕、地元が大好きなんですよ。元々は「福島県内で就職しよう」と思っていたぐらいの人間なのに、なぜか東京で働いていて(笑)。
本当は、大きな案件をどんどん持ってきて会社に貢献したほうがいいですし、もちろんそうする意思もあります。でも、大きな案件を手がけつつも、地元の方に喜んでいただけるような映像も制作していきたいです。福島県は場所も食べ物も文化も、素敵なものがたくさんありますからね。2026年の3月には、「福島DC」という観光キャンペーンのCMも公開されたので、こちらも多くの方に届くと嬉しいです。
――最後に、芸工大の映像学科に興味のある受験生へメッセージをお願いします!
五十嵐:大学で4年間、映像なり美術なりデザインなり、好きな分野をしっかり学べるって、かけがえのない経験だと思うんですよ。その後の人生において糧になってくれるから、無駄になることは絶対にないと僕は思っています。
そして先ほども話しましたが、何より山形という環境が良いですよね。僕は東北で生まれ育ったものの、高校生になってオープンキャンパスに行くまで山形のことは知りませんでした。
でも今や、山形は自分にとって「いつでも帰りたいな」と思う場所になっています。そんな山形の土地だからこそ、僕は4年間制作にのめり込んで、こうして現在の仕事にもつながるような経験を得られたんじゃないかな、と思います。なので、芸工大に興味があるのならぜひおすすめしたいですし、チャレンジして、頑張ってみてほしいですね。
? ? ?
五十嵐さんは、卒業制作のチームで半年ほど過ごして、“チームで動くこと”の良さを実感したのだそうです。そのときの学びが今のお仕事にも活きていると話していました。 それをお伺いして、入学してから4年生の最後の一年まで、将来の生活の根幹となる体験を得られる芸工大は、非常に貴重な環境だと改めて感じました。
(撮影:永峰拓也、取材:城下透子、入試課?加藤)
亚洲城老虎机,亚洲城娱乐 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
RECOMMEND
-
2023.03.13|インタビュー
自分には「描く」という表現があるから、見過ごしがちな違和感をも掘っていける/アーティスト?卒業生 春原直人
#卒業生#日本画 -
2023.02.27|インタビュー
日本における体験型アートのパイオニア企業で、大好きな絵を描き続けられる喜び/株式会社エス?デー 卒業生 赤塚博文
#卒業生#洋画 -
2020.02.19|インタビュー
改めて気付いた地元?気仙沼の魅力 人との縁を大切に、前へ進んでいく /コミュニティデザイナー?卒業生 小野寺真希
#コミュニティデザイン#デザイン#卒業生